2016年10月

 本日は、金曜日ですが、会社が休みだったので久しぶりに焼肉の「宝島」石岡店さんでランチを食べてきました。
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 この秋のメニュー改定でこれまでオプション設定だったドリンクバーが、ランチを注文すると無料で飲めるようになりました。
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 アベノミクスとは裏腹に世の中は益々「デフレ」の方向に向かっているのは確かなようです。
 また、新メニューではワンコインで食べられるランチのお肉がこれまでの「もち豚」から「あぶりカルビ」と牛肉にアップグレードしさらにお値打ちとなっています。
 このあぶりカルビの量は90gですが、超薄切りで、8-9枚あるのでそれなりに楽しめます。
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 また、ドリンクバーの他にランチスープ(日替わりでわかめスープやオニオンベーコンスープなど)やご飯のお替りもできます。
 特におすすめは、オニオンベーコンスープです。集めに切られたベーコンが食欲をそそります。
 ランチのお肉の量が物足りない時にはこのベーコンがご飯のお供になります。
 ただし、開店から早めの時間に行かないと具材のベーコンがなくなってスープだけになっていることがあるのでご注意を・・・
 今回は、新聞チラシの「ランチ100円割引券」を使って定価500円(税込み540円)のところ400円(税込み432円)でお食事できました。
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 ごちそうさまでした。

焼肉 宝島 石岡店 
住所:〒315-0214  茨城県石岡市国府4-5-12 
電話番号:0299-36-1020 
営業時間   平 日 11:00~深夜1:00
         土曜日 11:00~深夜1:00
         日祭日 11:00~深夜1:00    ※ランチタイムは月~土曜日の11:00~16:00
アクセス:国道6号線 石岡駅
 


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 先月は、石岡のお祭りのため「サンド市」はお休みしましたが、10月15日土曜日は、第3土曜日「サンド市」フリマ開催します。
 JR石岡駅から徒歩約5分。石岡市まちかど情報センターで午前9時頃から午後3時ごろまで開催します。
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 先日、ソニー初のラジカセ「CFM-8120」を入手いたしました。
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 何と発売は、大阪万博の開催された昭和45年6月です。
 すでに46年の年が経過しています。
 ちなみに私はこの年、小学校に入学しました。
 我が国初のラジカセ(当時は「ラジカセ」という言葉も生まれていなかったが)は、後にソニーの子会社となり、現在はブランドがなくなってしまったAIWA(アイワ)が昭和43年に作ったとされています。
 それに遅れること約2年、当時トランジスタラジオやテープレコーダー(オープンリールとカセットを含む)の世界をリードしていたソニーが満を持して発売したのがこの「CFM-8120」です。
 正面はカセットホルダーとスピーカーのみで、操作ボタンやスイッチ、ラジオの目盛などは本体の上側に集中的に配置されていて、今見てもスタイリッシュなデザインといえます。
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 当時、ソニーではコンパクトカセットテープレコーダーの製品を「マガジンマチック」と総称しており、この機種の愛称もソニーの製品仕様資料には「マガジンマチックEM-R」と表記されています。
 あくまで私の憶測ですが、「EM-R」の「EM」はエレクトリックコンデンサーマイク内臓のことで、次の「R」はラジオ付ということなのではと想像します。
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 また、製品番号の最初の「CFM」というのも特殊で、この後に登場するラジカセでは「CF-1300」と1970年代のソニー製ラジカセの型番「CF」を使っていますが、この機種に限っては、その後、モノラルラジカセとステレオラジカセを区別するために1980年代から使用された「CFM」を使っているので、ある意味では先を見越した型番だったのかなと思います。
 さて、このラジカセの特徴は、まず、裏側の左右二つのフタがあることです。
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 左側が内蔵する乾電池室のフタで、右側が内蔵しているACコードの収納用となっています。
 初期のソニー製ラジカセでは、4つ穴の特殊なACコードを使用していて(CF-1400やCF-1500など)このコードを手に入れるだけでも一苦労なので、ACコードが内蔵されているのは大変助かります。
 次に、拡張用の端子類ですが、上から外部マイク端子、マイク用のリモート端子、外部入力端子(AUX IN)、イヤホン端子となっています。
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 そして、この機種ならではの操作方法がとても面白いのです。
 まず、ラジオを聴く場合は、ボリュームを適当な位置に回します。このボリュームにはスイッチがついていて、音量を最小にするとカチッと音がしてラジオの音が聞こえなくなります。
 この位置の時は、内臓マイクでの録音に切替となります。
 スイッチを回した状態で、ラジオ&録音ボタン(赤いボタン)を押すとラジオが聞こえ、ラジオを聴いている状態で、再生ボタンを押すとラジオの録音ができます。
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 文字で書いているとややこしいのですが、赤いボタンは普通のラジカセの「録音」ボタンと「ラジオ切替」ボタンを兼ねていて、内臓マイクで録音するときだけ、ボリュームを最小の位置にして内臓マイクを使用可能にするという特殊な操作方法となっているのです。
 これに関連して、通常のストップボタンには「停止」の他に「ラジオ・オフ」という役割が記載されているわけです。
 この操作方法は慣れるまでちょっと戸惑いますが、中々考えられた方法なのかとも思います。
 ただ、この機種以降は今使っているラジカセの操作方法に統一されているようなので、ラジカセ黎明期の試行錯誤の表れかと思います。
 さて、製造から46年も経過しているこのラジカセですが、幸いにもラジオのAM・FMはもちろんのこと、カセットの再生・録音もちゃんと作動しました。
 さすが、アナログ時代のソニー製品しかもオイルショック以前の製品は頑丈に作られています。カセットから音楽が出てきたときにはある意味感動モノでした。
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 蛇足ですが、このラジカセはテープ使用時(再生・早送り・巻き戻しのすべて)にオートストップができないので、注意が必要です。
 初期のソニー製カセットで、リーダー部分がアルミ箔みたいになっているテープだと終了時にアラーム音が鳴るエンドアラームという装置はついているみたいですが、該当するテープが無いのでかくにんはできませんでした。
 最後に性能ですが、ラジオはAM・FMとも高感度で受信できます。当時のソニー製ラジオ、イレブンシリーズの回路を使っているのではないでしょうか?
カセットについてもモノラルではありますが、芯のしっかりした厚みのある音が聴けます。
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 残念ながら内臓マイク・ラジオの録音については、音は録音できるのですが、レベル設定がうまくいっていないのか、小さな音でしか録音できないのが難点でした。
 まあ、録音は別の機種で行えば良いので何の問題もないのですが…
 私のコレクションの中でも、ソニーの初物製品ということで今後も楽しみたいと思います。


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※この記事は「ひたち野高速鉄道本店HP」より転載したものです。

モンキー旅日記1997 ~ 霞ヶ浦一周の旅

 1997年6月のある晴れた日曜日、友人とともに先日購入したモンキーにて霞ヶ浦一周の旅に出ました。
 石岡市を出発して高浜から霞ヶ浦町(現かすみがうら市)を経由して土浦に…
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土浦の遊覧船乗り場にて

 土浦からは国道125号線を南へ・・・
 トレセンで有名な美浦村を経由して東町(現稲敷市)にて昼食&休憩。
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霞ヶ浦最南端の地にて

 東町(現稲敷市)を過ぎて霞ヶ浦一周の旅も後半戦に・・・
 牛堀町(現潮来市)からは国道355号線を北へ・・・

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霞ヶ浦大橋と玉造町(現行方市)のタワー
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霞ヶ浦大橋のたもとにて

※この記事は「ひたち野高速鉄道本店HP」より転載したものです。



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※この記事は「ひたち野高速鉄道本店HP」より転載したものです。
 平成5年頃に筑波鉄道の廃線跡を撮り鉄したものです。

廃線の旅 (筑波鉄道)

1.筑波鉄道の歴史
・大正3年4月11日 筑波鉄道株式会社創立
(常磐線土浦駅から水戸線岩瀬駅間4O.1km)
 商 号  筑波鉄道株式会社
  資本金  90万円
  開 業  大正7年4月17日 土浦-筑波間20.2Km
      大正7年6月7日 筑波-真壁間10.0km
       大正7年9月7日 真壁-岩瀬間9.9km
  ・昭和20年3月20日陸軍統制令により、常総鉄道株式会社と合併し、常総鉄道株式会社となる。
  ・昭和40年6月1日鹿島参宮鉄道株式会社と合併し、関東鉄道株式会社となる。
  ・昭和54年4月1日 関東鉄道株式会社より分離、創立し、筑波鉄道株式会社となる。
   資本金 1億円
  ・昭和62年3日31日筑波鉄道 廃止

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 2.廃線を訪ねて
 筑波鉄道廃止から6年目の初夏、ふと思い立ってバイクにまたがり廃線跡をたどってみた。
  コースは、筑波駅からかっての本社のあった新土浦までの18.5kmをえらんだ。
 (1)筑波駅
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    筑波駅は本舎こそ廃線前の姿をとどめていたものの、駅前はタクシーとバスのターミナルと化し、タクシーの運転手がが暇を持て余している寂しさであった。
    駅前を散策していると、東京駅行きの高速バスがバス停留所に到着した。現在8往復の東京直行便が連行されている。
    土浦寄りの踏切跡からホームへまわつてみると、すでにレールやポイントが撤去されプラットホームに雑草が繁つているのが印象的であった。

(2)筑波-常陸北条間
    筑波駅を出ると廃線跡は、水田の中を国道125号線と平行して走り始める。
    いくつかの農業用水を越え、少し大さめな川にさしかかるとまだ新しい橋脚が現れたがすでにしールは撤去され、まるで自動車用の橋のようにも見えた。
    常陸北条駅に近づくと、廃線跡は自転車専用道路(サイクリングロード)に変身していた。

(3)常陸北条駅
    常陸北条駅は、すでに駅舎も撤去され、ホームの前にはバス停留所の標識がポツンと立つていた。
    ホームの片隅には紫陽花の花が咲いていた。
 (4)常陸北条-常陸小田間
    北条の町並みを過ぎると国道125号線の陸橋をくぐり、また水田地帯を走り始める。
    自転車専用道路はこの水田地帯の中で終わり、しばらくすると筑波鉄道の起点となる土浦から何km地点かを示すキロポストが雑草の中に埋もれていた。
    廃線後6年の歳月を物語るかのようにペンキが剥がれかかっていたが、かろうじて「14」という数字が読み取れた。土浦まであと14kmという意味である。
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(5)常陸小田-田土部間
    線路脇の空き地に廃車になった路線バスが無惨な姿で放置されていた。
    去りゆく者の結末はとても寂しいものであるという実感が湧いてくるような荒涼たる風景であった。
 (6)田土部停車場
    ホームは雑草で覆いつくされ、小さな木が一本だけ取り残されたようにも見える。
    筑波線を立体交差するためにつくられた陸橋は一体何だったのだろうという不思議な疑問が頭の中を駆けめぐっている。
 (7)常陸藤沢駅
    常陸藤沢駅もすでに駅舎が撤去され、かつてホームにあった藤棚もなく、桜の木がこの駅の歴史を見守つているかのようだ。
    駅構内の踏切跡は、踏切の手前で分岐し、二筋のレールが残されていた。
 (8)坂田停車場-虫掛駅間
    廃線跡は、桜川沿いの水田地帯をひたすら土浦に向かって走り続ける。
    このあたりは、秋の花火大会では絶好のポジションとなったが、今となっては、列車の窓から花火を見ることはできない。
 (9)新土浦駅
    土浦駅を出て最初の駅が新土浦である。駅のそばには関東鉄道の本社や真鍋機関区があり、駅の売店ではおばちやんが駄菓子のようなものを売っていたような記憶がある。
    現在は関鉄本社とホームが残るのみとなり、駅の跡には立派なビルがそびえていた。

3.復活の足音
   つくば市にある「さくら交通公園」にはD51蒸気機関車のとなりにかつて筑波線を走っていた気動車が保存されている。
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注)キハ04は現在、JR東日本の鉄道博物館に展示されています。

   この気動車は、旧国鉄のキハ04型8号車で現在鉄道マニアの人たちにより、復元作業が行われ、化粧直しが進んでいる。
   大正7年の開業以来、70年余りにわたって地域の人々の足として活躍してきた筑波鉄道であるが、モータリゼーションの波にのまれ廃線という選択を余儀なくされてしまった。
   いつまでもこの鉄道の歴史を残しておいてほしいと思う。
   熊谷にある東武妻沼線の跡は、「カメの道」として公園などに利用されているが、筑波線も何らかの形で廃線跡を活用してもらいたいものである。
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注)現在、筑波鉄道の廃線跡はサイクリングロードして整備されています。


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