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※この記事は「ひたち野高速鉄道本店HP」より転載したものです。

モンキー旅日記1997 ~ 霞ヶ浦一周の旅

 1997年6月のある晴れた日曜日、友人とともに先日購入したモンキーにて霞ヶ浦一周の旅に出ました。
 石岡市を出発して高浜から霞ヶ浦町(現かすみがうら市)を経由して土浦に…
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土浦の遊覧船乗り場にて

 土浦からは国道125号線を南へ・・・
 トレセンで有名な美浦村を経由して東町(現稲敷市)にて昼食&休憩。
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霞ヶ浦最南端の地にて

 東町(現稲敷市)を過ぎて霞ヶ浦一周の旅も後半戦に・・・
 牛堀町(現潮来市)からは国道355号線を北へ・・・

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霞ヶ浦大橋と玉造町(現行方市)のタワー
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霞ヶ浦大橋のたもとにて

※この記事は「ひたち野高速鉄道本店HP」より転載したものです。



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 私の愛車遍歴バイク編4回目は大型自動二輪取得後から現在までのバイク遍歴です。
 しばらくの間スズキ「イナズマ1200」と「アドレスV100」ホンダ「モンキー30th」の3台体制でバイクを所有していましたが、イナズマの車検が負担となり、ついに大型を手放してスズキ「スカイウェイブ250」を購入することになりました。
 私の9代目のバイクが「スカイウェイブ250」です。
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 当時から話題となっていたビッグスクーターとは言っても車検なしの250ccですが、大きさでは120ccのイナズマよりも場所をとる巨漢でした。
 このスカイウェイブでは、ツーリングや都市間移動用バイクとして活躍しました。
 車検も無く維持費もそこそこでしたが、結局昨年(2013年)春に売却しました。
 
 日ごろの足として活躍していたアドレスV100ですが、その後4サイクルのV125が登場し、それなりの距離を乗っていたので、こちらのバイクもスズキ「アドレスV125」に乗換えとなりました。
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 私の10代目のバイクとなります。
 この頃は、プライベート以外にも仕事で使っていたこともあり、初代の「アドレスV125」は約25000kmで2代目に交代。
 11代目のバイクも「アドレスV125」となりましたが、今回は、「V125G」タイプで、シート&グリップヒーターを装備、ナックルバイザーも標準となる特別仕様車でした。
 現在もこの「アドレスV125G」と「モンキー30th」の2台は現役です。
 アドレスの走行距離はまもなく30000kmを迎えますが、25000kmの時に足回りのメンテナンスをしましたので、まだまだエンジンがへこたれるまでは乗りつづけて行く予定です。
 以上が、これまでの私のバイク遍歴です。
 いつかは「ハーレー」という気持ちも無いわけではないですが、宝くじにでも当たらないと実現は難しそうです。
 ただ、免許はあるので、乗れる機会があれば、一度は乗ってみたいものです。
 
 
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 私の愛車遍歴バイク編3回目はいよいよ大型自動二輪免許取得後のバイク遍歴です。
 2000年(平成12年)に近くの自動車学校で大型自動二輪免許の教習が始まりました。
 これを機会に、大型自動二輪免許の取得に向けて教習所へ・・・
 めでたく、検定も1回でパスして大自二免許を取得できました。
 大型自動二輪でありながらボディーサイズが比較的小さく、取り回しがしやすいバイクということで、7代目のバイクとして、スズキ「イナズマ1200」を購入しました。
 
★ツーリングにて★
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 さすがに1200ccもあるとそのパワーには圧倒されますが、ツーリング仲間と何度かツーリングにも行き、楽しいバイクライフを過ごしました。
 ただ、250cc以上のバイクには車検があり、一度はこのバイクの車検をしましたが、自動車を2台、と原付バイク1台を所有していたときでしたので、なかなかこのバイクに乗る機会が少なく、車庫に入っている時間が多かったため、会社の後輩に譲ることとなりました。
 「イナズマ1200」に乗っていたときに、それまで勤めていた会社を辞めて、家の仕事を手伝うようになり、配達用に便利なバイクをということで、2人のりが可能な原付2種のスクーターを買いました。
 私が住む町は市街地の一方通行が多く、2輪車ならば一方通行が除外される区間がほとんどだったので、普段の足としても、仕事にも活躍しました。
 8代目のバイクがスズキ「アドレスV100」というスクーターです。
 
★写真はイメージです。★
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 2サイクルのスクーターで別名「通勤快速」といわれていたバイクで、50ccと変わらないボディに100ccのエンジンを積んでいたので、1人乗りなら信号待ちのスタートダッシュでは敵なしの加速をしました。
 バイクが売れないといわれていた時代でもこのクラスのスクーターは人気となり、現在でも結構な売れ筋のバイクになっているようです。
 
 次は、現在までのバイク遍歴です。
 
 
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 私の愛車遍歴バイク編2回目は就職してからの私のバイク遍歴をアップします。
 1985年(昭和60年)に就職しましたが、このときは電車通勤だったので駅までの足として中古のミニバイクを買いました。
 3代目のバイクは、スズキの「ユーディーミニ」です。
 
★ 写真はイメージです ★
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 とりあえず駅までの短距離を走ればよいということで、このバイクを買いましたが、結局2年後には転勤で車通勤となり、出番がなくなってしまいました。
 車通勤となってからは、バイクは休みの日のお買い物用となったのですが、ユーディーミニでは市内の移動ぐらいにしか使えなかったので、たまたま未使用車で格安だったホンダ「ランナウェイ」を購入。
 私の4代目のバイクとなりました。
 
★ 写真はイメージです ★
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 2サイクルのミニバイクですが、車体が大きめでタイヤの径も大きいものが使われていたので、多少の長距離を乗っても「ユーディミニ」のように疲れることも無くしばらくの間活躍しました。
 ただ、1982年に発売されたこのバイク、買ったときはすでに5年ぐらい過ぎていたので(在庫処分だったらしい)やたらとタイヤがパンクしたという思い出があります。
 ゴム類の経年変化に加えて、ボディが大きかったので、タイヤに加わる負荷も大きかったのかもしれません。
 この後はちょっとオフロードバイクがほしくなったのですが、まだ免許は原付しか乗れない状態でした。
 そこで50ccのオフロードバイクを探して、中古のホンダ「MTX50R」を購入しました。
 5代目のバイクは、2サイクルのオフロードバイクとなりました。
 
★ 写真はイメージです ★
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 この「MTX50R」もちろん規制前のエンジンで、車体の大きさは125cc-200cc位ある大きなもので、6馬力を超えるパワーがあり、近くの林道もそれなりに走りました。
 このバイクのおかげで、筑波山系にあるいろいろな林道を走ることが出来ました。
 50ccのバイクですが、大きなボディのおかげで、遠出をしても比較的疲れませんでした。
 ただ、マニュアル車なのでギアチェンジは面倒でしたが・・・

 ホンダ「MTX50R」でオフロードの走りを楽しんでいた頃、ホンダから「モンキー」というバイクの30周年記念車が発売されるということで、友人とおそろいいで「モンキー30th」を買いました。
 6代目のバイクとなりました。
 
★ 写真はイメージです ★
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 このモンキーでは、霞ヶ浦一周日帰りの旅をほするなど現在も活躍しています。
  とりあえず、この「モンキー30周年記念車」はホンダビートとともに現在、永久保存車として大切に乗っています。
 
 次は、いよいよ大型自動二輪免許取得後のバイク遍歴です。
 
 
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 私の愛車遍歴についてブログにアップしましたが、今回はバイク編ということで私のバイク遍歴をアップします。
 1980年(昭和55年)に16歳で原付免許を取得してから今年で34
年目になります。
 自動車の免許はこの2年後に取得しますが、バイクについてもいろいろ乗り継いできました。
 
 初めてのバイクは、自宅で営業用に使っていたあの名車ホンダ「スーパーカブ」です。
★ 写真はイメージです。 ★
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 このバイクについては説明は不要ですが、独特の3速自動遠心クラッチを使用した言わばセミオートマの原付バイクです。
 特にクラッチ操作がいらないので、初心者でも簡単に乗ることが出来ましたが、最初の頃はギアをシフトダウンしたときのエンジンブレーキの効きが良すぎてビックリしたこともありました。
 当時は、高校生のバイク事故が多かったことから学校によっては原付免許の取得を禁止していたところもありましたが、家の商売の手伝いをするからと先生を説得し、免許を取得する許可をもらったのも今となっては良い思い出です。
 ただ、いつまでも営業用の「スーパーカブ」というのかっこ悪いと思い、中学の頃にバトミントン部の先生が乗っていたヤマハのレジャーバイク「ボビイ」がほしいと思い、アルバイトをして中古のバイクを買おうと目論んでいましたが、祖父がバイクを買うなら絶対にホンダの4サイクルエンジンでないと「ダメ」という一言で、祖父にホンダ「CB50JX」を買ってもらうことになりました。
 当時の原付バイクは「ラッタッター」で一斉風靡したホンダのミニバイク「オートパル」などが流行となり、原付ブームとなっていた頃でしたが、少ない排気量でそれなりのパワーを出すには4サイクルよりも2サイクルのほうが簡単に低コストで出せることからホンダ以外のメーカーはもとより、ホンダでもお手軽なミニバイクには2サイクルエンジンが搭載されていました。
 祖父はもともと技術者だったため、エンジンの基本的な構造などには詳しく、たとえ原付バイクでも4サイクルエンジンが良いという信念を持っていたようです。
 実際、スーパーカブに類似する営業用のバイクはヤマハやスズキからも発売されていましたが、今でこそ排ガス規制や燃費競争の影響でどのメーカーも4サイクルインジェクション付きのエンジンを採用していますが、その頃はホンダのスーパーカブ以外は、ほとんどが2サイクルエンジンでした。
 2代目のバイクとして買ってもらったホンダ「CB50JX」です。
★ 写真はイメージです。 ★
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 ホンダのスポーツバイクの末っ子として4サイクル短気筒エンジンながら他社のスポーツバイクに引けを取らない馬力を持っていました。
 さすがに発進加速は2サイクルエンジンにはかなわないものの、1万回転近くまで回る高回転のエンジンで燃費も良く、一度スピードに乗れば2サイクル車に負けないポテンシャルを持っていました。
 まあ、原付バイクの法定速度は30km/hですが、現実には交通の流れに乗らなければならないこともあり、30km/hでは危険なことも多々ありました。
 この頃の原付スポーツタイプのバイクは燃料カットなどの規制前でしたから、ノーマルのままでもその気になれば、80km/hぐらいのスピードは出ていました。
 このバイクには、大変お世話になり、遠くは埼玉県方面の友人の所まで原付バイクで行った思い出もあるバイクですが、残念ながら市内のあるお店に買い物に行ったときに、道路の右側にあるその店の駐車場に右折しようとしたところ、後ろから来た車に接触されて廃車となりました。
 この後、加害者から同等の中古の「CB50JX」を代替車として補償してもらいましたが、エンジンの調子がイマイチで、結局その後進学して東京に行くこととなり、このバイクともお別れとなってしまいました。
 
 次回は、パート2。東京から戻っていよいよ就職後のバイク遍歴です。
 
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