タグ:鉄道、列車

 昨年に引き続き、今年も学生時代の先輩2人とともに2泊3日で神戸旅行に行ってきました。
 昨年同様、茨城空港から神戸空港をスカイマークにて往復し、神戸市内のホテルに2泊するという行程です。
 今年は、茨城を午後2時過ぎの飛行機で出発し、神戸空港には午後3時半過ぎに到着、JR神戸駅前のホテルにチェックインして、三ノ宮駅に移動し初日の宴会となりました。
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2日目は各自夕方まで自由行動ということで、朝7時31分神戸発新快速で一路京都鉄道博物館へ向かいます。
 神戸からだと一度京都まで行って山陰本線に乗り換え最初の停車駅丹波口駅からが一番近いのですが、距離の関係で運賃がいきなりアップしてしまうため、東海道本線で京都の一駅大阪よりのの西大路駅から徒歩で行くことにしました。
 神戸から乗車した新快速で高槻駅で下車し普通列車に乗り換えます。
 約70分ほどで西大路駅に到着、貨物用の引き上げ線に沿って京都鉄道博物館を目指します。
 京都貨物駅の看板が見えてその奥に博物館の建物が見えてきます。
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 徒歩で約20分、京都鉄道博物館に到着しましたが、開館まで1時間ほどあったので、近くの梅小路公園を散策しました。
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 この公園には京都市電の実物や鉄道に関するモニュメントもありそれなりに楽しめました。
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 いよいよ京都鉄道博物館に入場します。
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 開館1時間前には数人しかいなかった行列が10分前には数百人ぐらいに増えていました。
 土曜日ということもあり、子供連れの家族が多かったように思います。
 開館と同時に多くの子供たちは運転シュミレーターに駆け込むみたいなので、意外とゆっくり館内の展示物を見学することができました。
 実は、まだ大宮にあるJR東日本の鉄博には行っていないのですが、まさか京都の方を先に見学することになるとは思いませんでした。
 本館の入場を入るとすぐにC62型蒸気機関車や80系湘南電車0系新幹線が出迎えてくれました。
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※次回につづきます。


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 新年あけましておめでとうございます。
 さて、今年の正月は埼玉の友人宅にて年越しをして、元日の昼過ぎに自宅に戻ってきました。
 途中、国道6号線のかすみがうら市と石岡市の境界にある恋瀬橋付近に数年前、200系新幹線の塗装をしたマイクロバスがありましたが、何とこのマイクロバスの塗装がまっ黄色になっていました。
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 まさに「ドクターイエロー」に大変身。
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 今年は正月から縁起がいいかな?


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※この記事は「ひたち野高速鉄道本店HP」より転載したものです。
 平成5年頃に筑波鉄道の廃線跡を撮り鉄したものです。

廃線の旅 (筑波鉄道)

1.筑波鉄道の歴史
・大正3年4月11日 筑波鉄道株式会社創立
(常磐線土浦駅から水戸線岩瀬駅間4O.1km)
 商 号  筑波鉄道株式会社
  資本金  90万円
  開 業  大正7年4月17日 土浦-筑波間20.2Km
      大正7年6月7日 筑波-真壁間10.0km
       大正7年9月7日 真壁-岩瀬間9.9km
  ・昭和20年3月20日陸軍統制令により、常総鉄道株式会社と合併し、常総鉄道株式会社となる。
  ・昭和40年6月1日鹿島参宮鉄道株式会社と合併し、関東鉄道株式会社となる。
  ・昭和54年4月1日 関東鉄道株式会社より分離、創立し、筑波鉄道株式会社となる。
   資本金 1億円
  ・昭和62年3日31日筑波鉄道 廃止

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 2.廃線を訪ねて
 筑波鉄道廃止から6年目の初夏、ふと思い立ってバイクにまたがり廃線跡をたどってみた。
  コースは、筑波駅からかっての本社のあった新土浦までの18.5kmをえらんだ。
 (1)筑波駅
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    筑波駅は本舎こそ廃線前の姿をとどめていたものの、駅前はタクシーとバスのターミナルと化し、タクシーの運転手がが暇を持て余している寂しさであった。
    駅前を散策していると、東京駅行きの高速バスがバス停留所に到着した。現在8往復の東京直行便が連行されている。
    土浦寄りの踏切跡からホームへまわつてみると、すでにレールやポイントが撤去されプラットホームに雑草が繁つているのが印象的であった。

(2)筑波-常陸北条間
    筑波駅を出ると廃線跡は、水田の中を国道125号線と平行して走り始める。
    いくつかの農業用水を越え、少し大さめな川にさしかかるとまだ新しい橋脚が現れたがすでにしールは撤去され、まるで自動車用の橋のようにも見えた。
    常陸北条駅に近づくと、廃線跡は自転車専用道路(サイクリングロード)に変身していた。

(3)常陸北条駅
    常陸北条駅は、すでに駅舎も撤去され、ホームの前にはバス停留所の標識がポツンと立つていた。
    ホームの片隅には紫陽花の花が咲いていた。
 (4)常陸北条-常陸小田間
    北条の町並みを過ぎると国道125号線の陸橋をくぐり、また水田地帯を走り始める。
    自転車専用道路はこの水田地帯の中で終わり、しばらくすると筑波鉄道の起点となる土浦から何km地点かを示すキロポストが雑草の中に埋もれていた。
    廃線後6年の歳月を物語るかのようにペンキが剥がれかかっていたが、かろうじて「14」という数字が読み取れた。土浦まであと14kmという意味である。
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(5)常陸小田-田土部間
    線路脇の空き地に廃車になった路線バスが無惨な姿で放置されていた。
    去りゆく者の結末はとても寂しいものであるという実感が湧いてくるような荒涼たる風景であった。
 (6)田土部停車場
    ホームは雑草で覆いつくされ、小さな木が一本だけ取り残されたようにも見える。
    筑波線を立体交差するためにつくられた陸橋は一体何だったのだろうという不思議な疑問が頭の中を駆けめぐっている。
 (7)常陸藤沢駅
    常陸藤沢駅もすでに駅舎が撤去され、かつてホームにあった藤棚もなく、桜の木がこの駅の歴史を見守つているかのようだ。
    駅構内の踏切跡は、踏切の手前で分岐し、二筋のレールが残されていた。
 (8)坂田停車場-虫掛駅間
    廃線跡は、桜川沿いの水田地帯をひたすら土浦に向かって走り続ける。
    このあたりは、秋の花火大会では絶好のポジションとなったが、今となっては、列車の窓から花火を見ることはできない。
 (9)新土浦駅
    土浦駅を出て最初の駅が新土浦である。駅のそばには関東鉄道の本社や真鍋機関区があり、駅の売店ではおばちやんが駄菓子のようなものを売っていたような記憶がある。
    現在は関鉄本社とホームが残るのみとなり、駅の跡には立派なビルがそびえていた。

3.復活の足音
   つくば市にある「さくら交通公園」にはD51蒸気機関車のとなりにかつて筑波線を走っていた気動車が保存されている。
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注)キハ04は現在、JR東日本の鉄道博物館に展示されています。

   この気動車は、旧国鉄のキハ04型8号車で現在鉄道マニアの人たちにより、復元作業が行われ、化粧直しが進んでいる。
   大正7年の開業以来、70年余りにわたって地域の人々の足として活躍してきた筑波鉄道であるが、モータリゼーションの波にのまれ廃線という選択を余儀なくされてしまった。
   いつまでもこの鉄道の歴史を残しておいてほしいと思う。
   熊谷にある東武妻沼線の跡は、「カメの道」として公園などに利用されているが、筑波線も何らかの形で廃線跡を活用してもらいたいものである。
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注)現在、筑波鉄道の廃線跡はサイクリングロードして整備されています。


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※このブログは、ひたち野高速鉄道本店HPより転載した記事です。

~ 街中のレッド・トレイン ~ 日立電鉄

 平成16年5月3日 廃止まで1年余りとなった日立電鉄線の列車を追って、常北太田から久慈浜間にて撮影を行った。

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常北太田を出発し、国道394バイパスの陸橋をくぐる直前の鮎川行18列車
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小沢駅を出発し、里川橋梁をめざす常北太田行17列車
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菜の花が咲く里川橋梁を渡る鮎川行20列車
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茂宮駅を出発する常北太田行19列車
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常磐線とクロスする久慈浜トンネルをくぐる鮎川行22列車
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久慈浜トンネルをくぐり南高野に向かう常北太田行21列車

※このブログは、ひたち野高速鉄道本店HPより転載した記事です。


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※このブログは、ひたち野高速鉄道本店HPより転載した記事です。

鹿島鉄道DD13形ディーゼル機関車さよなら列車運行

 去る、平成15年4月12-13日に茨城県石岡駅から鉾田駅までを運行する鹿島鉄道のDD13形ディーゼル機関車のさよなら列車運転が行われた。
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桃浦駅を出発する上り列車

 もともと鹿島鉄道は、その主力業務の一つとして沿線の小川町にある航空自衛隊百里基地へのジェット燃料輸送業務を行っていたため、最近までタンク車を牽引したDD13型ディーゼル機関車の貨物列車を見ることができた。

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満開の桜がDD13の勇姿を見送る:桃浦駅にて

 しかし、近年ジェット燃料輸送がトラック便へ移管され、これに伴って鹿島鉄道での貨物取り扱いは事実上無くなってしまった。鹿島鉄道では、かつてDD901という機関車も保有していたが、現在は常陸小川駅構内の引き込み線に放置されている。

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桃浦駅に張られたポスター
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客車の代わりに気動車が使われた
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記念乗車券のポスター

※このブログは、ひたち野高速鉄道本店HPより転載した記事です。


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